九十年代の改革の概要
1992年から2002年にかけての九十年代は、中国経済が計画経済から市場経済へと移行する上での重要な十年でした。この時期の改革は、80年代のように観念の解放に焦点を当てるのではなく、技術官僚的な精密な手法を用いて経済制度を体系的に再構築しました。国有企業の民営化、政府機関の効率化、税制の改革による中央と地方の財政再編、金融制度の市場化などを通じて、市場経済が機能するための枠組みを構築しました。同時に、中央政府は石油や金融、財政などの重要な資源に対する支配力を維持し、その後の中国経済の高速成長とグローバル化の基盤を築きました。しかし、改革には失業者の保障不足や地方政府の土地財政への依存といった問題も残されました。
改革の詳細
1. 国有企業の改革
九十年代の国有企業改革には二つの主要な目標がありました:
- 「単位」から「会社」への転換:以前の国有企業は国家の「大きな工場」のようなもので、労働者は安定した職を持ち、生産は政府の指示に従っていました。改革後は「現代企業制度」が導入され、取締役会や監査役会が設置され、利益を自己責任で稼ぐ市場法人となりました。つまり、利益が出なければ自ら対策を講じなければならず、もはや国家の支援を受けることはできませんでした。
- **「大きな企業の維持と小さな企業の整理」:国家は石油や電力などの大規模な独占企業のみを保持し、地方の繊維工場や機械工場などの競争的な企業は売却または閉鎖されました。これにより多くの労働者が失業しましたが(当時は「下岗分流」と呼ばれていました)、効率の低い企業から脱却し、市場競争に適応することができました。
論争と意義:失業者の苦痛は今でも忘れられていませんが、現代企業制度の確立は必要でした。国有企業が「安定した職」のままだったら、グローバル競争に参加する市場主体にはなれなかったでしょう。現在の中央企業が国際的な大企業と対抗できるのは、この時の改革の成果です。
2. 政府の効率化と統一市場の形成
80年代には政府が各業界を直接管理しており(例えば機械部がすべての機械企業を管轄していました)、商品の購入には配給券が必要で、価格は「計画価格」(安いが数量限定)と「市場価格」(高いが自由に購入可能)がありました。90年代の改革ではこれらが変更されました:
- 業界部門の廃止:2000年までにすべての単一業界を管轄する部門(冶金部や繊維部など)が廃止され、政府は企業の生産に直接介入しなくなり、市場が自ら調整するようになりました。
- 価格の統一:二重価格制度が廃止され、すべての商品が市場価格で販売されるようになりました。例えば、以前は肉を買うには肉の配給券が必要でしたが、改革後はお金さえあれば自由に購入できるようになり、商品の種類も増えました。
影響:これにより中国には真の統一市場ができました。以前は地域によって価格が異なり、商品の流通に制限がありましたが、今では全国で市場が統合され、企業は自由に取引でき、消費者の購買も便利になりました。
3. 財政制度の改革
90年代の改革では財政制度が根本的に変更されました:
- 税制の改革:以前は地方と中央が一定の税金を納め、残りは地方が自由に使えましたが、改革後は税種に応じて分配されるようになりました。付加価値税は中央が75%、地方が25%を取り、所得税も分割されました。これにより中央の財政力が大幅に強化され(高速鉄道の建設や国防などの大規模なプロジェクトに資金を集中できるようになりましたが、地方の財政は減少し、土地を売って収入を得るようになりました)。
- 金融改革:以前は中央銀行と四大銀行(工行、農行など)が一体であり、中央銀行が銀行の融資を管理していました。改革後は中央銀行が独立した「銀行の銀行」となり、四大銀行は商業銀行となり(自己責任で利益を追求するようになりました)。また、国家開発銀行などの政策銀行も設立され、株式市場が発展しました。
意義:税制の改革により中央政府は全国経済を調整する能力を持つようになり、金融制度の改革により企業はより規範的な資金調達手段を得ることができました。例えば、企業は株式市場で資金を調達でき、銀行もより柔軟に融資を行うことができるようになりました。
4. 国際化の推進
90年代には二つの重要な措置が講じられ、中国が世界市場に統合されるための道が整いました:
- 為替レートの統一:以前は人民元に公式なレートと黒市場のレートがありましたが、改革後は一つのレートに統一され(1994年)、企業の対外貿易が容易になりました。例えば、輸出企業は利益をより正確に計算でき、外資も中国に進出しやすくなりました。
- WTO加盟の交渉完了:1999年に中国はWTOに加盟しました。これにより中国の商品は世界中で販売され、外資も中国に自由に進出できるようになりました。
影響:WTO加盟後、中国は「世界の工場」となり、輸出が爆発的に増加し、消費者はより安価な輸入品を手に入れることができ、経済成長も長期にわたって高い水準を維持しました。
5. 改革のスタイルの変化
80年代の改革は「大きな変革」(例えば農村の生産責任制の導入や経済特区の設立)でしたが、90年代の改革はより「技術的なアプローチ」でした:
- 「社会主義か資本主義か」という議論はなく、「社会主義市場経済」という概念を具体的な制度に変えることに焦点を当てました(例えば国有企業の改革や税制の改革)。
- 市場を開放しつつ(民間企業や外資の参入を許可しつつ)、中央政府は重要な分野(国有企業や金融)の支配を維持しました。この「市場+中央集権」のモデルが、現在の中国の経済体制の基盤となっています。
長期的な価値:90年代の改革を経て、政府も市民も「市場化」と「グローバル化」の理念を受け入れるようになりました。今では市場経済に反対する人はほとんどいません。これが改革が残した最大の財産です。
総括
90年代の改革は完璧ではありませんでしたが、計画経済から市場経済への移行において「最後の一歩」を踏み出しました。建物を建てる例えで言えば、80年代は基礎(観念の解放や農村改革)を築き、90年代は枠組み(制度体系)を構築したのです。この枠組みが中国の後の高速成長を支え、問題も引き起こしましたが、その歴史的意義は代替不可能です。90年代の精密な改革がなければ、今日の中国経済は存在しなかったでしょう。